優しさの使い方

先日フラのミッチー先生とお話していたところやさしさの定義が共通していることが、ああ波長が合うんだな~っと思った部分を認識をしました。というのも、私自身が子どものころにこの”優しさ”に疑問があった部分があって、彼女も同じように思っていたからです。

例えばA君のことをBちゃんとCちゃんが好きだったとして。

両方が友人だったとしたとき。A君がBちゃんを好きだと私が知っていた場合。

CちゃんからA君が好きだと聞かされて協力してくれと言われた場合。

みんなならどうするんだろう。今は大人だからそんな話はまったくなくなったけれど。

私は、嘘ついてまで協力するのが嫌だった。なのにCちゃんに伝えた言葉は、「Cちゃんが後悔したくないと思う方をしたらいいと思うよ。CちゃんだけじゃなくてA君を好きな人は私の周りにいっぱいいて。なので、協力はできないけれどCちゃんが決めたことを応援する」という言葉をかけた。どうしていいかわからなかったから。A君とBちゃんが両想いなのわかってたから。結果Cちゃんはふられちゃったのだけれど。言ってよかったと言っていた。だけどね、その周りにいた友人たちは、私がなんでA君とBちゃんが両想いなのを知っていて、Cちゃんが傷つかないように止めてあげなかったのかということを言われ、”冷たい”と言われた苦い思い出があります。そうなのかなぁ・・・・。そうやって大丈夫だよとか、しないほうがいいよとか、こっちが勝手に決めたことを伝えてその人が決めるべきことを、自分の意見押し付けるのもどうかな~~~なんか違う気がするな~と思っていたのです。私は自分で決めたことを自分で実行してほしかった。それだけ。その方が納得がいく。でもね、若いころってのはもしかしたら、そういうやり取りするのも若さの特権なのかもしれないとか今頃になって思っちゃったりもしました(書きながらそう思った 苦笑)。

昨日スカイプでのレッスンでもその話したところでした。

でも、そのCちゃんは早くに別の人と結婚していかれましたけれどね(笑)

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