命日に毎年思う。

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1月26日は流産した子どもの命日でした。

毎年思う。なかなか未だに現実的な実感がありません。

お腹にいたことも、いなくなってしまったことも。そもそも色んな状況が重なり過ぎて謎だらけだった。10箇所以上産婦人科に行き、妊娠は難しいと言われ続けていたから、まさか自分が妊娠するなんてそもそも思ってもいなかったのだ。たしかに、ヒール履いて、タバコ吸って、コーヒーばかり飲んで、睡眠時間少なくて。そんな生活をしていた時に、急にコーヒーの匂いが吐き気をもよおすようになり、突然生クリームたっぷりのケーキが無性に食べたくなって、いざ目の前にあると、吐き気をまたもよおしたり。あー。コーヒー飲み過ぎで、コーヒー中毒なんだあたし…って。今度は、コーヒー豆の大好きな匂いも一瞬にして、吐き気モード。仕事でコーヒーを沸かすのが苦痛になった。息を止めた。突然の吐き気に何度も襲われ、お腹調子悪いし、なんか身体だるいし、ってかかりつけの内科に。ウイルス性胃腸炎といわれ、点滴をうけ、一週間分の飲み薬をきちんと毎日飲んだ。そんなある日の夜、とてもひどい腹痛に襲われた。今まで味わったことのない腹痛。出血がひどく、血の海になるほどひどい出血で、わたしは貧血と血小板の数が少ないから、血を止めることが時間かかるので、きっとそのせいで大量出血かと思い我慢してたけど、もうどうしようもなく、激痛と出血で、トイレに駆け込んだ瞬間、間に合わず床一面血の海になったと同時に、大きな血の塊がどろりとでてきた。さらにまたちいさめのが、どろりと。あ、あたしきっと変な病気なんだ…って。実はまだ結婚してすぐにも塊は落ちてないけど似たようなことがあった。その時は止血剤を毎日打ちにいき出血を止めに行ったが止まらず、ひどい貧血になったことがあった。その時も、もしかしたら初期流産だったのではないかな。と今になって思う。話は戻して、トイレにおちたかたまりは、両手でいっぱい近いかたまりだった。とりあえず、助けを求めたけど、救急車は体裁悪いからと呼んでもらえず、まだ出血大量続いたと同時に、あたしの意識は遠のいていった。あーもうあたしこのまま死ぬんやろなーって思いながら、自分の意識が薄れていくのをヒシヒシと感じた。そのまま車に乗せられ、30分かかるとこに受け入れ可能な産婦人科があった。そこはうちの受講生さんの職場でもあった。ついて意識朦朧としていた私に、看護師さんはしつこく語りかけて質問していた、名前は?生年月日は?いつから痛いの?色々聞かれても、もう私にはしゃべったり、考えたりする気力がなかった。とにかくもうこのまま寝かせて欲しかった。そのまま眠りについたら、きっと二度と目覚める事はなかったと思う。全身の血液が抜けてなくなったような気がした。自分の体から血の気が引いていくのもわかったし、暗闇にどんどん落ちていく自分がいたから、でもわたしの身体をさすったり、ほっぺをかるくたたいたり、根気よく話しかけてくれてる看護師さんに、答えれなくて悪いなて思いつつも、言葉すら発することもできなかった。

『あとちょっとよ!あとちょっとで先生来るから、しっかり私の質問に答えて!寝ないで!頑張って!あとちょっとだから!』

そう言ってくれてた声が未だに耳に残ってる。

夜中だったから、先生起こされたんだろうな。悪かったな。意識朦朧としながら、聞かされた言葉は、進行性流産疑いですね。けっこう大きくなってたね、気づかなかったの?とりあえず掻爬(そうは)手術しないといけないから、手術明日の朝一にしますから、このまま入院です。だった。

とりあえず、仕事を休むことを桂子先生に伝え、弟にメールして手術すると伝え。

自分でもよく気力持ったなと思いながらも、なんとかやっぱりもう一人の冷静な自分が状況を判断していた。

まず体裁があるといわれた状況。

ああ、自分はそうなりたくないな。もしかしたらそういう風に何かを見ていた自分がいたのかもしれない。気を付けようと思ったこと。

実際に義母に、「まぁ産めるってわかったからよかったたい。次。」って言われたこと。

そういういい方はやめようと自分の心の中で思った。

手術の手続きの時に元旦那に言われた

「ほんとに俺の子なんかどうかもわからんのに。(苦笑)」

手術後待合室で耳打ちされた「手術代あとで俺の通帳に返しといてね」

車の中で「まぁ産まれとったら育てとったけどね。(笑)」

「まだ腹痛いんか!!」

ここで離婚を決意したわけですけど。

大きく思ったことは、

”こういう感覚の持ち主と自分が同じ部類でいるという風に思われたくない。”だった。

もう2度と、この人たちと関わりたくないと思った。

むしろどうやったらそういう感情や行動に出れるのか不思議だった。

そうか、こういう感覚の人はこういう感覚の人同士家族になればいいんだし、私はそれはできないと心から強く思った。人って何だろうって思った。家族って何だろう?って思ったこと。

それから、医学は素晴らしいものでもあるけど、同時に全てがすべて正解やあてになるものではないと確信したこと。やっぱり自分の直感や感覚がとても大事だということ。自分を観察することが1番大事だということ。

それにも気づかされた。自分の声を聴いてやることの大切さもわかった。

かなり学んだ数年間。

でもね、トラウマになったし、恐怖感も残ってた。

だけど、今はすべてが自分の中の消化ごとと学びになったことに気づいたと同時に、彼らが幸せであればいいなと心から思いました。なので私の数年かかった心のわだかまりとひっかりはステージクリアしました(笑)

それをいつまでもねたんだり、悪い意味で引きずったりするのは自分的にも嫌で、だけど、まだ自分の家族を持ったりすることに恐怖があるという自分もどこかにいてたことも事実で。

だけどね、なんかあっても、なんとか今ならやっていけるんじゃないかと思い始めた自分もいる。だからやっぱり自分の家族は欲しいなと思うように心からなりました。

大変なことたくさんあるけど、でも、話せる相手がいるというのは、私にとっては大事なことで。

ああ、だから逆に言えば、話ができる人じゃないとダメです(笑)

頭ごなしとか、返事だけとか、あげあしとったりとかじゃなくて。

ただたんに、話というコミュニケーションができる相手ではなければだめだということで。

一人もいいけど、なんか、自分のホームがあったらいいなって思うようになりました。(叶うかどうかは別としてw)

それぞれの課題や難問から、自分のステージアップの種が用意されている、それを発見して理解して、次のステージに行く。

私の2018年は今までの全ての課題の残りをクリアし、トラウマや恐怖感の取り除き、そして、それと向き合い自分を生きるということがテーマのようなので。そしてそれを自然とそう流れがなっていて、その箇所個所にそのテーマにふさわしい人がステージで現れる。それも感じています。今年は自分と向き合うために時間を使う。

 

自分の感性を大事にして尊重できる人の中を選択してそこにいたいと、この件を通してすごく思いました。

もちろん、そればかりではありません。いろんな人がいます。

だけどね、自分で自分の居場所の選択や、意見を言っていきたいと思うから、できるだけそれを実践しているようにしています。

思うだけならだれでもできるからね。

実行してこそ。

そういつも思っています。

2 Comments

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  1. はじめまして、「命日」という言葉が目に留まり、拝読させていただきました。64歳になる至極平凡(??)な男性ですが、人が大好きで大嫌いな人生を満喫しながら前を向いて生きて居ます。
    これからも、時々、立ち寄らせて下さいね!🙇

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  2. ykjojo49ersさま♪ こんにちは!ありがとうございます。
    人が大好きで大嫌いというのは紙一重なので、とっても成り立っていると思います♪(^^♪ 私も自分自身を日々観察しながら楽しんでいます♪
    仕事兼用のブログですが、気軽にコメントいただけるとうれしいです。
    今後ともよろしくお願いいたします♪寒い日が続きますのでお身体ご自愛くださいませ。

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